暮らし

自分で考えて行動することを学んだ小学校時代

みつあみの女の子

 

小学校の時に、「自分で考えて行動するってこういうことなのかな?」と思った、印象に残ってる出来事が2つあります。
そのことについて書こうと思います。

考える子供

  1. 給食当番廃止
  2. 自由の狭場

小学校5、6年の時の先生が、とても面白い人でした。

 

味噌作りをしたり、農家さんの田んぼを借りて米づくりなど、貴重な体験をさせてもらったり、

 

授業を聞かず廊下の方ばかり見ている子に「そんなに気になるなら、外に出て廊下をウロウロして見てきてもいいで」と怒りもせず見にいかせたり、

 

そんな先生と過ごした中で、印象的な2つの出来事を書いてみようと思います。

給食当番廃止

ある時、給食当番を廃止することになりました。

 

やる子がいなければ給食は食べられません。

 

おぼろげに覚えているのは、クラスではおとなしめの男子生徒(目立つ男子生徒にいじられるような子)が毎日給食を運んでよそってくれてたという記憶。

 

その子は誰に言われるでもなく、進んでやっていたと思います。

 

当たり前のことだけれど、給食を取ってきてよそってくれる人がいないと食べられないんですよね。

 

当番があるから仕方なしにやるけれど、当番がなくなったらやる子やらない子が出てきます。(私は最初やってなかったと思う)でも、だんだんとやる子が増えてくるんですよね。

 

一生懸命自分たちのために給食を運んでよそってくれてる子をみたら、やらなきゃって思い始める。

 

大人になっても、私達のために給食を運びよそってるその子の姿をフッと思い出すことがあるんです。

 

別に見返りを求めるわけではなく、自分の意志で動いたその子が何を思っていたのか、聞いてみたかったと今思う。

自由の狭場

ある時先生は、教室の入口を入ってすぐ右の教室の隅にゴザを敷き、そこを「自由の狭場」と命名しました。

 

「自由の狭場」その字の通り、ゴザ1枚の狭い空間は自由の世界です。

 

そこに入れば何をしてもいいと言いました。

 

授業を受けたくなければそこに入って寝ていてもいいし、本を読んでもいいんです。

 

ある時、私とあと2、3名だったか女の子たちが体育の授業を受けたくなくて、みんなで自由の狭場に入りました。

 

自分の意志でというよりかは、体育の授業は嫌だけど一人でそこに入る勇気はないから「みんなでやろう!」ということになって自由の狭場に入った。

 

体育の授業が行われている間、多少の後ろめたさを感じながらも私たちはそこでおしゃべりをしていました。

 

そして体育の授業が終わって、私達は先生に怒られました。

 

細かい事は覚えていないのですが、自分で決めたことではなくて「みんながやるからやるっていうのはだめなんや!」と言うようなことを言われたと思います。

 

大人になってからも、その時のこと、その言葉をふと思い出します。

自分で考えて行動するということ

大人になったら「自分はこういう意見だからこう行動します」というふうにはできないこともたくさんある。

 

「言いたいことを言わず」「もしくは言えなくて」自分の言葉を飲み込んで相手に合わせてしまったりすることも。

 

でも、私の中に小学校時代のその体験があって、先生の言葉を思い出して「自分はどう思ってるんだろう?どうしたいんだろう?」と考えることができたなら、そのときは相手に合わせたとしても、自分を見失うことはないはず。

 

10代始めにそういう経験ができたことは、とても幸運だったと思う。
その経験が、今の自分を作っているのだと思えるほど。

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